くろいけい様作


麻美様×クリエイターコラボ第25弾 くろいけい様

「水行」


麻美様×クリエイターコラボ第25弾は、Skebクリエイターアピールより くろいけい様です!
水彩画風のイラストを得意とされているとのことで、水に関するお題を用意しました。
ありがとうございます!


水で心身を浄める、というのは寒修行などでよくあります。
皆さんが思いつくのはいわゆる「滝行」だと思います。
こちらは自ら水行桶で水を掬い上げて身体に当てる「水行」です。

ちなみに水は頭からかぶるのではなく、首の付け根付近めがけて当てるように指導されます。
理由はなんとなくわかると思います。


Blueskyでの紹介では以下の経文を引用しました。

「澡浴塵穢 著新浄衣 内外倶浄 安処法座」!
※読み:そうよくじんね じゃくしんじょうえ ないげぐじょう あんじょうほざ
※出典:妙法蓮華経安樂行品第十四

こちらは、水行の際に唱える水行肝文の一部です。
「法座」のところで水を当てます。



最後に、予約番号の時に記していた文言についてですが…


「寒水白粥 凡骨将死」「理懺事悔 聖胎自生」

訓読:かんすいびゃくじゅく、ぼんこつまさに死(かれ)なんとす。りざんじげ、しょうたいおのずから生ず。


こちらについて詳しく解説された文章がありますので、ご紹介致します。


(この文言は)京都の深草に居た元政上人の法脈を次ぐ慧明院日燈上人の作と言われています。
荒行をする理由は、この「事悔聯」に尽きると言います。
日蓮宗現代宗教研究所では、次のように説明しています。

「前半は読んで字のごとし。問題は後半である。生まれ変わるための行は理懺事悔であるという。懺悔の為の行である。懺悔を理と事に分ける。理の懺(悔)とは「無相の懺悔」のことで、はた目にはただ「端座」しているようにしか見えないが「実相を思い衆罪は霜露の如く慧日よく消除す」と内観を修すること。罪の元である煩悩は本来無いものであり、み仏の智恵の力によって罪も消えると観ずる。事の(懺)悔とは「有相の懺悔」のことで、観念観法でなく具体的に身体を使って読経・水行して懺悔すること。身心にこびりついた垢をひたすらこすって落とす行である。」

(解説:日蓮宗 妙覚寺



【くろいけい様より コメント】

ご依頼くださりありがとうございました!

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